転校生はアイドル!
ごく普通の環境に生まれて、育つことがいいことなのか、悪いことなのかわからない。
でも、一つだけ言えることがある。それは、『隣の水は甘い』ということだ。
僕にとっても。
彼女-スーパーアイドル・茶魅川梨華にとっても。
■第1話 普通って、なに?(波浪警報)
8時47分。もう遅刻は決定気味。
今は学校への近道である、公園の脇の道。あまり人通りはない。こんなところで何をしているかというと、僕は今、女の子を「おしたおして」いる。
いや、誤解を避けるためにもう少し説明させてもらうと、よく前を見ないで歩いていたので、角を曲がるときに出会い頭で衝突してしまったのだ。それも彼女が走っていたからに他ならない。というわけで、どちらかというと責任は彼女のほうにあった。
僕は遅刻に対して何ら良心の呵責を感じていないので、余裕たっぷりに歩いていたのだから、非難される筋合いはない。えばれたことじゃないが。
むしろ、この状況を楽しむべきなのだ。これは僥倖-「思いがけない幸運」というべきか。
目の前に広がるのは、夏服セーラー。少し色黒の健康的なお腹。へその穴。
僕は二つの丸いふくらみの間に、顔をうずめて感触を楽しんでいた。
「…だいじょうぶですかぁ?」
少し「頭が弱そうな」子供っぽい声が聞こえてくる。あえて反応しないで様子をみる。今はチャンスだ。据え膳食わぬは男の恥。最小限自分の社会的信用を損なわずに、この状況を愉しめるか。日本男子として与えられた任務(ミッション)を成し遂げるべく、僕の中央演算装置は回転した。
「…もしもしぃ?」
「う、うーん」
目の前が塞がっているのをいいことに、右の手の平でさわさわと少女の胸をまさぐり、左の手のひらはお腹の地肌に触れ、小指をへそのあなに進入させた。
「あっ、いやっ…」
「前が見えないぞ…うーん」
「何をしているんですかぁ!」
左の手のひらをスカートから伸びた、すらっとした太ももを滑らせ、彼女の膝を押さえて立ち上がろうとした。かよわく細い足に男子の体重がかけられたものだから、彼女は股を開かざるを得なかった。「ぱっくり」と開いた股からは、ピンク色の可愛いパンツ。
「いやん!」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに股を閉じて、パンツをスカートで隠す仕草も可愛かった。
どこかを痛めたかのように表情をしかめながら、僕はくまなく観察し、このアクシデントを堪能してから立ち上がった。
「きちんと前を見て走らないとダメだよ」
開口一番、僕は彼女をたしなめた。ここぞとばかりに僕は彼女の身体に「いたずら」していたわけだが、まず注意することによって、そもこの状況を生み出したのがキミにあるのだ、と念押しすることができる。計画通り、彼女は申し訳なさそうにしている。
「ごめんなさい」
彼女はちょこん、とおじぎをした。ミッションは完璧にクリア。これも、普段からあらゆる状況をシミュレーションしていたからである。人生は計画的に、慎重に進め、楽しまなければならない。ようやく彼女の顔をまじまじと見つめることができた。
驚愕。
しばし時は停止した。
さては新手のスタンド使いかッ!
などと思考停止した脳髄を振り、状況を冷静に把握すべく努力した。
そして再度、白い夏服セーラーを着て僕の前に立っているうら若き少女を確認した。茶色く脱色した柔らかそうな髪。控えめだけど優しく引きつける瞳。すらっとした細面。小さな頭と、細くて長い身体。スカートからは浅黒い健康的な素足が伸びている。こんなかわいい高校生、初めて見た。それもそのはずだ。
彼女は、今をときめくスーパーアイドル集団・「シャイニング娘。」の中心的メンバー・茶魅川梨華だったのだ。
僕の中央演算装置はオーバーヒート気味に回転を始め、10を超える計画(シナリオ)を立案した。これは人生に降りかかった最大のチャンスである。ひょっとしたら、誰もが手にできない快楽を得るチャンスかもしれなかった。
しかしまだシナリオを即断することはできない。慎重に行動すべきだった。手のひらには汗が浮かんでいた。
数々の選択肢から、最初の一声を選らんだ。
「あれ、その制服、僕と同じ高校だね。キミみたいな可愛い子を知らないわけはないし、ひょっとして転校生かな」
僕は彼女の正体に何も気づかないようなそぶりを見せた。予想と違った反応が返ってきたようで、茶魅川は少しびっくりしていた。
「えっ あたしを知らないの?」
おそらく、これまで「握手してください」とか「いつも見てますよ」などといった、決まり切った反応に慣れきっていたのだろう。しかし、全く知らない、というのも彼女の芸能人としてのプライドを傷つけるかもしれない。
「もちろん知ってるけど、はじめて会ったんだから、まだ何も知っていないも同じこと。テレビや週刊誌のイメージなんて、あてにならないでしょう?」
「…うん、そうだよね」
「だからさ、自己紹介しよう。僕は石上清太郎」
「私は茶魅川梨華。よろしく」
彼女にとって、こういうやりとり自体が珍しいのだろう。
「クラスは永遠の定番、3年B組」
「くすっ、リーバイスのCMみたいね」
「まさに世界標準的。もちろん担任は長髪の中年教師だから、決して期待は裏切らない」
あはは、と彼女は笑った。
「ねぇ、僕はキミにとっての、ここでの最初の友達だね」
友達、という言葉で、彼女との関係を既成事実化する。転校してくる人間というのは、とかく新しい環境で自分のポジションを早く作りたいものなので、友達という名の味方にほっとするのだ。そしてもちろん、そういった心理的効果を巧みに利用すること。それが僕の戦術(タクティクス)だった。
「うん、そうだね。よろしく清太郎クン。あ、急がないと遅刻しちゃう」
僕と茶魅川は走った。走りながら、僕は彼女に言った。
「今度カラオケでも行こう。普通の高校生らしくさ」
「そうだね!」
きわめてふつー、きわめてさわやかな早朝の高校生の出会いだった。
しかしこの口約束が、どんな結末にたどり着くのか、彼女はまだ知らない。
■
3年B組はやはり騒然とした。キンパチ(担任のあだ名)がざわめきを制する。
「茶魅川梨華です。アイドルやってますけど、ふつーの高校生したくて転校してきました。よろしくお願いします」
教室はさらにざわめきたつ。皆のもしや、という推量が真実だと確かめられたのだ。
「おれ大ファンなんだけど」
「どれくらい学校に来れるの?仕事の時は良かったらノート取ってあげるよ」
「すげー、本物だよ。オレ断然ファンになっちゃいそう」
「かわいー。ジュニアの子とか知ってるかな」
「ゴマキを紹介してくれー」
などと思い思いの衝動が炸裂している。そんな周囲の声をさも当たり前のように、平然と交わす茶魅川。きょろきょろ、とクラスを見回し、僕を発見する。
「うふっ」
茶魅川は僕を見つけて微笑んだ。
退屈で普通な高校生活が、少し変わるような予感がした。
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